「意識」の機能を持った汎用AIの実現(4):クオリアのメタ表現理論~新しいタスクに対処できるようになる

人間が持つ「意識」とはどういうものか――アラヤでは、この問いに答えようと研究を続けています。私達は、意識に相当する人工物(AI)を作ることで、その実体に迫り、「汎用AI」の実現をしようとしています。

具体的にどのようなアプローチ方法を考えているかについて、代表取締役の金井良太が、4部構成で解説します。
「意識」の機能を持った汎用AIの実現(1):概要と3つの仮説
「意識」の機能を持った汎用AIの実現(2):情報生成理論~架空の状況を「想像」する
「意識」の機能を持った汎用AIの実現(3):グローバル・ワークスペース理論~脳のモジュール間の情報を橋渡しする
「意識」の機能を持った汎用AIの実現(4):クオリアのメタ表現理論~新しいタスクに対処できるようになる(本記事)

様々な機能のニューラルネットワークを点として「クオリア空間」に表す

私(金井)が意識の第3の機能と指摘する能力も、グローバル・ワークスペースに接続する1つのモジュールとして実装されることになりそうです。それは「クオリア空間」です。意識の第3の機能を、私達は「メタ表現の空間を用いた機能の対象化」と呼んでいます。ここでいう「メタ表現の空間」が「クオリア空間」であり、その役割が「機能の対象化」といえます。

噛み砕いて説明しましょう。私達が考えるクオリア空間の前提は、各機能を実行するニューラルネットワーク自体を潜在変数で表現することです。ニューラルネットワークは入出力の関係を多数のパラメータで表した関数であり、全てのパラメータのセットを一種のデータとみなせば、画像や音声などのデータと同様に潜在変数に落とし込むことができます。一つ一つのニューラルネットワークを潜在変数に変換し、潜在変数の値を座標と見立てれば、個々のニューラルネットワークは空間の中の点で表せます。このようにして、様々なニューラルネットワークを点として埋め込んだ空間がクオリア空間です。

それぞれの点の位置には、元になったニューラルネットワークの特徴が十分に反映されています。このため、クオリア空間内の各点の位置関係はそのまま機能の間の関係を表すことになるわけです。よく似た機能は近隣の点、かけ離れた機能は遠くにある点として配置されます。つまりクオリア空間中の点は、それぞれの機能を一段上の視点から眺めた表現、すなわちメタ表現といえます。このメタ表現を通して、全ての機能は同列に比較できる対象となるわけです。

クオリア空間の役割

新しいタスクに対処できる機能を持ったニューラルネットワークを生成する

クオリア空間の大きな利点は、この空間を探索することで、全く新しいタスクに対処できる機能を見出せることにあります。クオリア空間が十分に多様な機能の集合から構成されていれば、新たな機能であっても既存の機能と何らかの類似性があり、この空間中の点として表現されるはずだからです。

実際、こうした観点から新たな機能に対応したニューラルネットワークを生成する技術が存在します。例えば米マサチューセッツ工科大学(MIT)が開発した「Meta-Learning Autoencoder (MeLA)」です。この手法を使うと、あらかじめ多数のタスクのデータセットで学習させた「メタ認識モデル」に、新しいタスクの入出力のデータをほんの数例入力するだけで、そのタスクに対応したニューラルネットワークの潜在変数を出力できます(※1)。この潜在変数を「メタ生成モデル」に入力すれば、ニューラルネットワークのパラメータに変換される仕掛けです。入出力の数やニューラルネットワークの構造が固定といった制約はありますが、精度の高いニューラルネットワークの作成が可能で、コンセプトの正しさは裏付けられました。
※1:T. Wu et al., “Meta-learning autoencoders for few-shot prediction,” https://arxiv.org/abs/1807.09912

アラヤでも、ニューラルネットワークを潜在変数で表す基礎的な研究を始めています。現在までに、学習済みのニューラルネットワークのパラメータから学習に使ったデータセットを判別できることを実証済みです。

クオリア空間はAIが「感覚を意識する」場になる

この潜在空間をクオリア空間と呼ぶのは次のような理由からです。クオリアとは意識に上る感覚の体験を指し、意識の現象的な側面そのものともいえます。従来の意識の理論の中には、クオリアの発生には感覚の情報をそのまま表現するだけでは足りず、感覚の間の関係性を捉えたメタ表現が必要になると主張するものがあります。ただしこれらの理論では、メタ表現が脳の中でどのような形態を取るのかを明らかにしていませんでした。

翻ってクオリア空間では、AIの全ての機能のメタ表現を見て取ることができます。人に置き換えれば、まさに感覚のメタ表現に相当するわけです。もしAIにクオリアが生じるとしたらこの空間がその場に当たるとの考えから、クオリア空間と名付けたのです。

この空間には視覚や聴覚などあらゆる感覚の機能が埋め込まれます。例えば視覚に対応する領域には「赤さの感覚」「紫色の感覚」といった個別の感覚が、それぞれの類似度に応じて分布していると考えられます。人の意識は、このような色の違い、あるいは相手の表情や声音、様々な味や匂い、心地よさから痛みまで、実に多彩で細やかな感覚の近さ・遠さを感じとることができます。これに似た体験をAIにも与えうる道具立てが、クオリア空間だといえます。

終わりに:意識の機能を盛り込んだ汎用AIの実現、そして意識の理論への貢献を目指す

私達がAIへの応用を掲げる意識の理論はあくまで暫定的なものです。世界モデル、グローバル・ワークスペース、クオリア空間のほかにも、人間が自分自身で実行している処理のモニタリング(※2)など、意識の機能は候補に事欠きません。
※2:S. Dehaene et al., “What is consciousness, and could machines have it?,” Science Vol. 358, 2017.

現時点の仮説がどこまで正しいかも不透明です。例えばグローバル・ワークスペースによる潜在変数の相互変換や意識に上る情報を選ぶ仕組みは、各モジュールの機能をメタに捉えているとも考えられ、クオリア空間が果たす役割に近い可能性があります。これらは本質的に類似した関係にあり、なんらかの手段で統合できるのかもしれません。

手持ちの仮説がどこまで有効かは、詰まるところ実際に動作するAIで確かめないとわかりません。アラヤは、既存の技術を最大限活用することで、できる限り少ない時間や労力で仮説を検証することを目指しています。

一連の取り組みの最終的な目標は、意識の機能を盛り込んだ汎用AIの実現です。ただし、もう一つ大きな狙いがあります。意識の理論への貢献です。AIに意識の機能を実装するには、その状態や動作の細部を詰めなければなりません。そこまで思考を巡らせることが、従来の理論の殻を破る発想につながると期待できます。アラヤは、最前線の研究者の知見とスタートアップの突破力を持ち寄って、技術と研究の両面でブレークスルーを目指していきます。